ベニン・朝鮮友好
チュチェ思想研究ベニン全国委員会
朝鮮人民と連帯するアフリカ地域委員会br>ヘス・コホビ
偉人にたいする崇敬は彼の没後にも変わりがありません。
金日成主席の場合がそうです。それは主席が逝去してから28年が過ぎましたが、主席の生誕110周年を国内および国際的な範囲で非常に特色を生かして慶祝することから分かります。
1994年、金日成主席の思いがけない逝去は、国際共同体を驚かせ、一部の人々は主席が残していった人民の運命について心配しました。
金日成主席の逝去以後、朝鮮人民が自己の歴史上最悪の行路を歩んできたことは事実です。「地球上における社会主義の終焉」を狙った帝国主義連合勢力の攻撃、洪水と旱魃、津波など、恐ろしい自然災害は社会主義朝鮮の運命を甚だしく威嚇しました。
しかし、朝鮮人民は奇跡を創造しました。朝鮮人民は社会主義を固守し、20世紀の末に強大で富強な国家建設をおしすすめ、新世紀の偉大な展望を開いていきました。
このなぞをどのように説明しましょうか?
社会主義朝鮮が去る28年間、目覚しい勝利をもたらすことができたのは、人民大衆の自主性をおし立て、人類社会の未来を知るようにし、人間を尊重する金日成主席のチュチェ思想のおかげです。
朝鮮人民は金日成主席の逝去以後、「偉大な領袖金日成同志の革命思想でしっかり武装しよう!」というスローガンをさらに高く掲げました。このスローガンを変わりなく高く掲げて朝鮮人民は帝国主義者の軍事的脅威と彼らの政治的・外交的攻撃と経済制裁にも屈することなく、あらゆる難関を克服しました。
金日成主席が逝去した後にも朝鮮人民は常に主席と一丸となりました。
金日成主席は一生涯、同志たちと人民を限りなく愛しました。
主席は自身を敬慕し、自身と一つの思想と意志で結ばれた同志たちと人民の中に常におられました。西側の人たちの話を借りると、この一心団結は「原爆よりもっと威力」です。
金日成主席の逝去以後、これはより明らかになりました。それぞれの都市と村、職場で「偉大な領袖金日成同志は永遠にわれわれとともにおられる」というスローガンを目にすることができ、金日成主席が生前の姿で安置されている錦繍山記念宮殿(当時)は「太陽の家」、「チュチェの最高聖地」となりました。主席は朝鮮人民と永遠にともにおられます。この宮殿と平壌の中心にある万寿台の丘にある金日成主席の銅像、他の地域にある銅像へ人々は絶え間なく訪ねて挨拶しながら心の中でこのように誓いを立てます。
われわれはあなたの思想と偉業に忠実であろうし、あなたが一生涯をささげた社会主義朝鮮を生命を賭して守り、社会主義朝鮮をより強力で富強にするでしょう、と。
社会主義朝鮮は金日成主席と金正日総書記、金正恩総書記が積み上げた業績と経験のおかげで去る28年間を勝利に飾りました。
金日成主席は生前に朝鮮の社会主義偉業を完成するための強固な土台を築きました。朝鮮労働党と人民、人民軍と自立的民族経済は直面する数多の難関を切り抜けるようにしました。
朝鮮人民は金日成主席が民族的独立のための闘争と新しい社会建設、外来侵略者との戦争、社会主義革命と社会主義建設で積み上げた貴重な経験にもとづいて難関を克服することができました。主席のもっとも大きな功績である強力な武装力の建設は、社会主義朝鮮を転覆しようと画策する帝国主義連合勢力との闘争で勝利を収めるようにしたキーポイントでした。
それゆえ、社会主義朝鮮は帝国主義者によって既定事実化された「社会主義朝鮮の崩壊説」を完全に覆しました。1998年8月に自力で人工地球衛星を打ち上げたのは社会主義朝鮮の潜在力と軍事分野における大きな前進を誇示したことになります。
金日成主席が生前に後継者の問題を輝かしく解決したのは、重要な功績となります。
金正日総書記は金日成主席の思想と資質と徳望をそのまま継承しました。主席が逝去した直後に総書記は世界に、私にいかなる変化も望むな、と宣布しました。
金正日総書記は金日成主席の思想と業績を忠実に継承しました。
金正日総書記の代を継いで金正恩総書記が金日成主席と金正日総書記の崇高な理念を立派に継承しています。
総書記は新しい環境に合わせて政治方式を発展させながら軍事活動を優先させました。これは朝鮮人民をして厳しい試練を切り抜けて明るい未来へと進むようにしました。
朝鮮人民は金日成主席の永遠な精神で今後とも常に勝利するでしょう。