委員長は、前年の10月に完工された平壌育児院、愛育院を見て回りながら正月に来るという愛の約束をした。その日の約束を忘れず、新年の辞を終えたその足で平壌育児院、愛育院を訪ねたのであった。
委員長は香りのゆかしい花束を差し上げながら新年のお辞儀をする子供たちの頬を親しくなでながら、新年に多幸多福で、心身ともにむくむく育ちなさい、と暖かく祝福した。
我先に走ってきては委員長の懐を抱かれながら「
そして、院児たちにこういう立派な楽天地をもたらし、正月をともに過ごすのがどんなにいいか、しんどくても張り合いのある道を歩んできたという自負心をもつようになる。この子らの姿を見ると、わが祖国の明るい将来についてより固く確信するようになると熱く話した。
委員長が送った美しい服を着飾り、委員長の前で歌を歌う夢を見たという話や飴、菓子、魚、蜂蜜を食べたという、院児たちの誇り顔を満足げに聞いてくださる委員長の姿は、実の父親の慈愛深い姿であった。
委員長は同日、愛育院の院児たちの迎春公演を見てくださり、一番先に拍手を送り、委員長が懐かしかった、委員長がつくってくださった御殿のようなわが家が素晴らしい、と大声で誇り、「
公演が終わると、委員長は院児たちを抱いて愛の記念写真を撮った。
委員長は平壌育児院、愛育院のすべての施設には、わが国の社会主義保健医療制度の優越性が凝縮されているとし、育児院と愛育院の幹部らと従業員は、わが党の愛が院児たちにそのまま行き届くようにする上で、自己の責任を果たすべきであると頼んだ。そして院児たちに正しい道徳品性と創意性、独自性を教えて、彼らの中で人民軍隊や博士、英雄も輩出されるようにすべきである、そのためには保育員、教養員が母のような熱い愛とともに高い教育者的資質をそなえなければならないと話した。そして院児たちがご飯を食べ、手を洗い、自分の寝床や服を整頓する問題から恥ずかしさが何かについても知らせる問題まで多くの問題について教えた。
同日、委員長は一点の曇りもない子供たちの笑い声が高くてこそ、国が明るくなる、われわれが革命をおこなうこの地で子供たちの笑い声、「われら幸せうたう」の歌声はより高く、より力強く響き渡るだろう、と確信に満ちて話した。