チュチェ102(2013)年11月、
犠牲になった勇士たちを忘れず、彼らの服務していた軍部隊を訪れた委員長は、自ら墓前に花を謹呈し、敬意を表した後、勇士たちの墓碑をいちいち見て回りながら、勇士たちの写真がよくできている、みんな若くて錚錚としている、今にでも立ち上がって喜ぶようであるとし、激情を抑えた。そして祖国守護は犠牲も覚悟しなければならないが、勇士たちがあまりにも若い年にわれわれの傍を離れたことを思うと、よく眠れないと悲憤慷慨した。
悲憤やるかたなく、移していた歩みを止めた委員長は、抱負も雄大で、偉勲を立てようという夢と希望で胸を燃やし、服務の日々を送った勇士たちと英雄になって故郷に帰るといってにっこり笑いながら発った息子の犠牲を見て涙を流す父母たち、帰ってくる夫を待っていた家内たちを思うと高く築き上げた城が崩れ落ちるようである、私の心がこんなにも痛いのに家族はどんなにつらい思いをするか、とかすれた声で話した。
同日、長い時間、勇士たちの墓を見て回った委員長は、墓碑には墓主の名前が必要であるとし、この勇士たちの墓主は自分である、墓碑に自分の名前を書きなさい、墓主の名前まで書かないと気が晴れそうにない、と切に述べた。
勇士たちが戦闘任務遂行中に犠牲になったという報告を受け、何とも言いようがなく、胸が痛んで海がいくら深くても最後の一人まで全部探すべきである、屍を全部探すまでは葬儀ができないとし、数日間も夜更かしして合葬墓と墓碑の形成案を作成し、墓碑につける石写真まで送ってくれた委員長である。
その後、勇士たちに
祖国を守る持ち場で犠牲は覚悟のことであり、また祖国のためにささげる兵士の生よりより高貴かつ輝かしい生はないが、委員長は兵士たちをいかなる軍職関係ではなく、常に革命の一途で志と情を共にする貴重な革命同志、革命戦友と見なし、一人一人を自分の血肉のように大事にし、暖かい愛を注いだのである。