時代という言葉は社会生活でさまざまな基準によって多様に用いられた。人間が創造し利用した道具を基準において石器時代、青銅器時代、鉄器時代、機械製産業時代、コンピューター時代と言い、生産方式、特に生産手段にたいする所有関係によって原始時代、封建時代、資本主義時代であるというのがその実例である。
人類歴史の発展過程をもっとも科学的に区分する絶対的な基準は、社会歴史発展で人民大衆が占める地位と役割である。
人民大衆は歴史の主体である。人類歴史は歴史の創造者であり、社会発展の動力である人民大衆の創造的労働と闘争によって絶えず発展する。
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チュチェ時代は人民大衆が歴史上初めて世界と自己の運命の主人として登場して自主的に、創造的に歴史を前進させ、自己の運命を開拓していく時代である。この時代を人民大衆が自己の本性的要求である自主性を真に実現していく時代であるという意味で自主性の時代、自主時代であるともいう。
人民大衆は人類歴史発展の全期間、歴史の主人としての地位を占め、役割を果たしたのではない。自分の意思によってではなく、支配階級の意思によって歴史を創造する重荷を背負わなければならなかった人民大衆は搾取者、抑圧者に反対する力強い闘争をくり広げた。
この闘争は自主性を本性とする人民大衆があらゆる搾取と従属から脱して社会と歴史の主人となるための闘争であった。
長い間、消極的で分散的であることにより、失敗を重ねていた人民大衆の闘争は次第に高い段階へと前進した。
長期間にわたる人民大衆の困難な闘争によって、とうとう歴史舞台には人民大衆が自らの要求と利害関係を自覚し、一つの政治的力量で固く結束して歴史の主人としての地位を占め、役割を果たしていく人類史発展の新しい時代、チュチェ時代が到来するようになった。